文学に見られる詞藻
詞藻とは
詞藻とは文に趣を持たせる句や語のことで、つまりリトリカルな表現をするときに使われるものです。現代人が昔の文を読むとその詞藻の多さに戸惑いを覚えるのは、昔はそれが当たり前だったからです。しかし、時が経つにつれて段々と文語体が口語体に近づいてゆき、文語体と口語体の差が曖昧になっていきました。(言文一致) いまでは、そういう詞藻が多用された晦渋な文章はややもすればリトリカル(悪い意味の)と思われ、あるいは衒学的だととらえられてしまいます。(ここで、「ん?」と思った人は正しいです) そこで、詞藻というのは、文章の的確な位置で自然にさらっと、それでいてインパクトのある表現を醸し出すように使えるとカッコイイわけです。
(追記:2007-12-24)指針変更で、詞藻と言えなくとも難読語であったり古い言葉や文学的な言葉は載せることにしました。
新聞など、一部文学作品ではないものからの引用もあります。
文学に見られる詞藻
あしかけ 【足掛け】
足をかけること、そこから、何かし始めてからの年月の数え。端数を一とするため、“四年十ヶ月”なら“足掛け五年”になる。
「丁度これで足掛け五年、己はお前を待っていた。顔を見るのは始めてだが、お前の足にはみおぼえがある。──お前に見せてやりたいものがあるから、上ってゆっくり遊んで行くがいい」 『刺青 (潤一郎)』
およびごし 【及び腰】
腰を半分浮かした不安定な格好のことで、転じて何かするのに自信がなくおどおどしている様子。
「如何にも焦れったそうなので、見兼ねた下女は、一寸見て参りましょうと出て行った。御作さんは及び腰になって、障子の前に取り出した鏡台を、立ながら覗き込んで見た。」 『永日小品 人間 (漱石)』
きをいつにする 【軌を一にする】
「軌」はわだち(轍)の意で、わだちとは車輪の跡のこと。前の車が残した跡と同じところをもう一度次の次の車が通るところから、行き方・考え方を同じにすること。また、先人のやり方を踏襲すること。類義語に「揆を一にする」がある。関連語:「揆を一にする」
「分裂病の特色は、現実との接触を断ち切るところにありますが、その点、分裂気質の内閉的な傾向と軌を一にしているわけです」 『心理学がわかる辞典 (南博)』
「わが巨人軍は永久に不滅です──花束を掲げた長嶋茂雄はグラウンドをゆっくりと一周し、男泣きした。
千葉県印旛郡の草野球少年が、立教大学を経て、巨人に入団。天覧試合でのホームラン、村山実投手との名勝負を見せ、V9時代を築いた男が、背番号3を脱いだ。
思えば、彼の歩みは、日本の高度経済成長と軌を一にしていた。長島の引退とは、日本の黄金期の、終わりのしるしではなかったか」 『文藝春秋2004年3月号』
くちをのりする 【口を糊する】
「糊する」はおかゆをすするという意味で、やっとのことで食べていくという意味。英語では「earn one's daily bread」のような表現がある。 類義語:「糊口をしのぐ」
「けれども、それは、ただ編集者の御情けで誌上にあらわれただけで、一銭の稿料にもならなかったらしい。自分が彼の生活難を耳にしたのはこの時である。彼はこれから文を売って口を糊する積だと云っていた。」 『永日小品 山鳥 (漱石)』
げばひょう 【下馬評】
城などで馬を降りるところを下馬先といい、そこで馬の番をするお供達がいろいろと主人を批評したところから、第三者があれこれいうこと。
「運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。」 『夢十夜 第六夜 (漱石)』
けんさん 【研鑽】 (名/スル)
「研」はみがく、「鑽」はきりでもみこむという意味で、また、それ自体に極める(研)、深く研究する(鑽)という意味がある。学問などを深く究めるために精進すること。
「本格的な仮名らしいゆたかなたゆたいを美しいと思いました。永年の研鑽のたまものと存じます」 『毎日新聞(平成十九年七月七日) 第59回毎日書道展特集 墨の芸術の頂点に』
こいぐちをきる 【鯉口を切る】
刀をすぐに抜けるよう刀のさやの口(鯉口)をゆるめること。
「林の間に三仏堂の建物が見えるところまで来たとき、又八郎はふと耳を澄ませる表情になった。次に何気なく刀の鯉口を切った。林の少し奥まった場所を、何者かが又八郎の動きにあわせるように、足音を忍ばせて移動する気配を掴(p.33)んでいる。」 『用心棒日月抄 (藤沢周平)』
じご 【爾後】 (名/スル)
関連語:「爾来」
「」 『 ()』
じっこん 【昵懇】 (名/スル)
関連語:「懇意」
「それがし、細谷源太夫と申す。かようにたびたび顔が合うのも、何かの縁。以後昵懇に願いたい」
「いや、ご挨拶で痛み入る」 『用心棒日月抄 (藤沢周平)』
じゅうりん 【蹂躙】 (名/スル)
「蹂」も「躙」も、ともにふみにじるの意で、「蹂」は足をひねって踏む、「躙」は踏みつけて小さく砕くの意。ふみにじること。暴力や権力によって他の権利を侵したり、弾圧したりすること。
「人間の根本義たる人格に批判の標準を置かずして、その上皮たる附属物を以て凡てを律しようとする。この附属物と、公正なる人格と戦うとき世間は必ず、この附属物に雷同して他の人格を蹂躙せんと試みる。」 『野分 (漱石)』
せいかん 【精悍】 (名/スル)
「精」は意味が多いが、ここでは生命の存在のおおもとという意味。「悍」はあらあらしい、たけだけしいの意。動作や顔つき・体つきが鋭く力強いこと。
「又八郎は長身で、彫りが深い男くさい顔をしている。痩せて見えるが、肩幅は十分に広く精悍な身体つきだった」 『用心棒日月抄 (藤沢周平)』
ぜんどう 【蠕動】 (名/スル)
@「蠕」はうごめくの意。うごめくこと。
「娘は次第々々に知覚を恢復して来た。重く引き入れては、重く引き出す肩息に、蜘蛛の肢は生けるが如く蠕動した」 『刺青 (潤一郎)』
A筋肉の収縮などによって生じたくびれが波のように伝播していくメカニズムとしての運動を指し、医学用語に近い。
「摘出した腸管を栄養液のなかに入れ酸素を送ったりして適切な条件下におくと,規則正しい蠕動運動が記録される」 『ストレスの科学と健康』
ぜんぷく 【全幅】
@あらん限り。ありったけ。
「おとよは妾にしては気取りのない、気性の明るい女だし、雇主の田倉屋も悪い人間には思えない。焼きもちやきだ、などとおとよは言ったが、夜も泊まる又八郎を、べつに変に勘ぐる様子もなく、いずれ犬殺しを捕らえてくれるものと全幅の信頼をおいている様子がわかる」 『用心棒日月抄 (藤沢周平)』
つつがない 【恙無い】
「」 『』
はすっぱ 【蓮っ葉】
「」 『』
まんぜん 【漫然】
「」 『』
めいろう 【明朗】 (名/スル)
性質が明るくて朗らかなこと。
「おとよはちろりと舌を出した。妾だが、明朗な人物らしい、と又八郎は鑑定した。おとよにはじめついたところがない」 『用心棒日月抄 (藤沢周平)』
やおら (副)
「」 『』
【】 (名/スル)
「」 『』
参考資料
他、引用した書籍名などは引用文の後に記載しています。