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目標・計画

来年大学に入ったら本格的に社会学の勉強を開始する。社会学の勉強といってもいわゆるカリキュラムではなく、個人的な現代史と時代性、権力性などの読み方、実質的な権力性の束縛や人格・行動の記述、またエスニシティーの影響範囲──季節の束縛や言語の意志方向性など──などを研究してみる。

大学に入ったので、物理・数学を学びながら、英語、文化、社会学をまなぼう。2010/04/08

2010年 読んだ本

  • "Dr Jekyll and Mr Hyde"(OXFORD BOOKWORMS) by Robert Louis Stevenson
  • 典子の生きかた
  • 14歳からの社会学
  • パラレルワールド・ラブストーリー

思ったこと

  1. 「物語(story)」と「真剣性(seriousness)」との対比。
    つまり、人は『文化や制度や慣習に支えられた「物語」(Story)を生きてる感覚』と、その物語の中、あるいは外にその『「物語」と独立した現実的な空間──「真剣性」(Seriousness)の世界──が広がってる感覚』の両方を得る必要がある。と思う
  2. 優位性の比較。優位性を通念、あるいはある基準で理性的に平等化する行為の評価。
  3. 引用。
    「彼女に研究者としての自負があることを知っている俺には、会社を辞めて男についていくなどという、一昔前の女の生き方を彼女が選ぶとはとても思えなかった。」
    本当にそうか。会社を辞めて男についていくのが前時代的なことだというのはいいとして、ではそうせずに前時代的な選択を否定し「仕事」を生き甲斐のようにする・優先する生き方が正しい生き方か、近代的な生き方か。「仕事」を生き甲斐化する生き方が労働力を補完するたてまえであることが知られている。ここから、「正当性」と「承認による文化(労働力)」という構造が見えてくる。
  4. 「ギルド」 限界の意識と慰安。
  5. 「たいりょうの・・・」唄。繰り返し歌う。感情の反芻。自分を慣れさせる。
  6. 高給取りは社会システムの中核を保存する形でより強く働いている者がなるようになっていると考える。
  7. @考えるんじゃ遅い
    考えてから行動するような物腰慎重型の人間は必要なくなりました。必要なくなったというのは少し語弊がありますが、人気がなくなった、敬遠されるようになったというのは偽らざる事実でしょう。
    では何故それでやっていけるのか。
    インフラ・基礎工業←日本自体で支える ⇒ [サービス](情報・金融)  インフラ・基礎工業を東南アジアおよび中国等が支えるようになった。
    それは図で書いたように(注 図はありません)、インフラや基礎工業といったものを支える土台が国内(日本)からアジア諸国へと移動していったからです。今は成熟社会といわれますが、こういった時代では生きるために生きるのはバカげたこととなるため、必然的に第3次産業が栄えます。これを***になぞらえば、成熟化=女性化と見ることもできるわけです。つまり余剰的な余暇、わかりやすくいえば積極的な遊びが社会的に必要になったということです。これはこういったものがマーケットの主流を占める、場合によっては市場を支配するということになります。
    しかし重長厚産業や第1次産業がないと社会は成り立ちません。これはどうなったのか。一言で言えば仕事としての地位(ランク)が下がったということです。「価格」の要因は「人気」以外のなにものでもないので、第3次産業を社会が必要としていることによって、第1・2次産業の仕事単価が下がっていきます。(第1・2次産業もその中で第1・2・3次と分かれる)価格が下がっていくと産業の人員が少なくなるため産業がやっていけなくなり必然的に価格は上がってちょうど良いところで止まるんですが、低賃金で固定化されてしまったのは、それだけ第3次産業の人気がすさまじいということです。
    一方、もう1つの理由として実は第3次産業、つまりサービス業自体の中で1次化、2次化しているということです。人気があるため産業が飽和状態になり差別化のため競争が激化します。必然的にサービス業の中でも階層化が進み、ゴージャスさの中でも本当のゴージャスさとうわべだけの(安っぽい)ものとが出てきます(しかし目指すところは同じであるというのはおもしろいことです)。これによりまぁかわいそうな人が結構生まれるだろうと僕は予想していますが、いずれにしても女性は有利です。失敗すると悲惨なことになりますが、成功すれば本当に楽しいことだけやれて死ねます。(数十年先の社会がどうなっているかは保証できませんが)また失敗する確率も低いです(どこを成功と見るかによるが)。
  8. @テレビ
    普段テレビを見ない僕にとって、テレビでやってる誰が誰を殺したとか、誰がどういった犯罪を犯したとかいうことは、ほんとうにまるでどうでもいいことに聞こえた。昔はここまでどうでもよくは感じなかったのだが、最近は強くそう思うようになってしまった。
    テレビの問題としてもう1ついいたいのがその主張の意味のなさ。エリカが「別に」騒動を引き起こしたときあれだけブーブー言って、いくらキャラでも、とか、「人っていうのは」と正論染みたことをまじめくさっていう人までいたように思うけど、今はなんとかの

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