「夜風」  TAKERU

「夜風」

その日は久しぶりに涼しい夜だった。そして少しだけ特別な夜だった。

 

日中はうだるような暑さで頭もぼーっとしてずっと気だるかった。夕方になって少し冷えてきたなと窓の外を覗くとアスファルトがところどころ濡れていた。雨が直接の原因ではないだろうけど、日中の暑さをどこかへやってくれたのはとてもうれしかった。夜になってそれなりに食事を作って食べた。

なんだか眠る気になれなかったので明け方までずっと起きていた。クーラーがいらないほど涼しいものだから窓を開けて静かな夜を楽しんだ。机に向かっているときにふと風が吹いて、懐かしいにおいがした。ひんやりとしたとても気持ちが良い風だった。

このにおい、前に一度だけかいだことがある…。けれど、どこでかいだか思い出せない。ぼんやりとした遠い過去に一度だけかいだことがあるような気がした。それは私がまだ生まれていないほどの過去であったような気がした。

そんな懐古とも分からない物思いに耽っていると蝉の声がし始めた。もうこれだけ涼しいのにまだ蝉は鳴くのかと思った。夜も薄らと明けてきた。いつしかにおいも消えていた。またいつか風が吹いてこのにおいを運んできてくれないかなと思った。できれば今日のように涼しい風が運んできてくれないかなとも思った。だけど、きっとそのときはまた過去に一度だけかいだことのあるにおいなんだなと思った。

 

2007-12-10